由緒


 

当神社は菊池氏第12代武時公の同志 阿蘇家第10代惟時公の長子 阿蘇大宮司惟直公 元弘2年(1332)9月熊本平野の中央を流れる白川の中流 熊本上立田牧寉 今の社殿を距る稍後方三協橋の西方五百米現在もその跡地には屋敷と云て標石あり。
古時の住民の要請を受け創建された古い社であります。
阿蘇家の古文書に明記されています。

三宮様は神武天皇の第一皇子であらせられ 神武天皇が大和国に御東遷になっ後、健磐龍命と共に種々民政の上に力をつくされた方。
御名を国竜神又は草部吉見神と申上ます。
三宮様の夫人比咩御子明神を四宮様と申上ます。
御娘阿蘇都比咩命は二宮様と申し一ノ宮様の御夫人であります。

加藤清正公が肥後にこられ 大津街道(今の国道57号線)をお作りになり 陸上交通が盛となり、白川近くの三宮は水害を受けるので 細川藩主第三代綱利公の13年目寛文元年(1661)9月大道往来の交通安全の守護神として住民の要望により現地に社殿を造営遷座。
当社内に筋無木と称する神木があります。

子供の筋気(ひきつけ)の病おこりたる時はその神木の葉を祈願し水に浮かして飲ましむるに直に治癒すること不思議なり。
古くから竜田の筋の神様として今尚県内はもとより県外からも祈願奉賛するもの絶ゆることなく 大神の神助を仰ぎ 霊験を戴き生長せし人すくなからずよく人の知るところであります。